フランス人の父が教えてくれた、豊かな暮らしのヒント「Art de Vivre」

フランス人の祖母も祖父も、祖母の友人たちも、
皆どこかしらホームデコにこだわりを持っている。
幼い頃から夏のバカンスを過ごした南フランスの祖父母の家
― リビングには家族全員の写真が並び、
冬には自分の背よりも高いクリスマスツリーが飾られる。
訪れるたび、その空間が放つ暖かさと居心地の良さに包まれた。
「フランスは美に対する感受性が高いから」
「祖母にはセンスがあるから」
家の写真を見た友人達からよく言われるけれど、
ホームデコにこだわる理由はそれ以上の背景がある。

「Art de vivre」との出会い

ある時、父がふと教えてくれた言葉がある。
「Art de vivre(アート・ド・ヴィーヴル)」―― 直訳すると「暮らしの芸術」。
その言葉を初めて聞いたのは、20代前半だった。

当時、流行っていたテイストの部屋を自分も真似してみた。
そんな私の部屋を見た父が、「この部屋のどこに君の人生があるの?君らしさを映し出すものが何も見えない。『Art de vivre』は、雑誌に載るための部屋作りじゃないよ。
暮らしそのものを楽しむことなんだ。」

その言葉は、心に刺さった。
確かにその部屋は流行りのデザインをなぞっただけ。
心が落ち着くもの、喜びを感じるもの――
そういった「私自身」を反映したものは、何一つなかった。

「Art de vivre」は、暮らしに宿る

それから、「Art de vivre」という哲学が少しずつ自分の中で形を成していった。この言葉が示すのは、ただの「おしゃれ生活術」ではない。

それは、自分の美意識や価値観を暮らしの中に反映させることで、家具や小物に魂が宿り、空間そのものがアートになるということなのだと、少しずつ理解するようになった。

言い換えると、住む人の価値観や人生観を映し出して暮らしそのものがアートになっているのだ。

人生に「正解」を追い求めない

大人になるにつれ、現代社会の中でこの言葉の意味をさらに考えるようになった。

最近、わたしたちの周りには「生きる術」を教えてくれる情報があふれている。効率的な時間管理、人間関係の築き方、自己実現の方法。

そんなテーマを扱う本やSNSの投稿は、まるで人生を攻略するためのマニュアルのようだ。

たしかに役に立つし、読むだけで少し前向きな気持ちになれる。ただその一方で、情報の多さに押しつぶされるような感覚を覚えることもある。選択肢は増えたはずなのに、逆に何を選ぶべきかわからない。

「正解」を探そうとして迷子になる。そして気づけば、自分が何をしたいのか、どこにいるのか、わからなくなってしまう瞬間がある。

そもそも、人生を「攻略」することにどれだけの意味があるのだろう。効率や成果を追い求めることが、果たして豊かな人生と言えるのだろうか。

そんな疑問が浮かんだとき、私はいつも「Art de vivre」を思い出す。

日常に息づく「Art de vivre」

「Art de vivre」は、日々の小さな選択に意味を見いだすことを教えてくれる。
たとえば、朝食のバゲットを選ぶとき。
「どれでもいいや」と手近なものを取るのではなく、「今日はどのバゲットがいちばん香ばしいだろう?」と考えてみる。
スマートフォンを置いて、カフェで一杯のエスプレッソをただ味わう。

こうした何気ない時間に心を向けることで、暮らしの中に「豊かさ」が宿る。

それが「Art de vivre」の本質だと思う。
この哲学は、時間の使い方と深く結びついている。時間は単なるリソースではなく、一瞬一瞬が積み重なり、私たちの人生を形作るもの。それなのに、つい、なんとなくやパズルのように予定をはめ込み、時間が過ぎ去ってしまうことが多い。
友人と囲む食卓の会話、通勤中の静かな時間、週末の市場で買い物をするときの期待感――そうした何気ない選択が、暮らしに豊かさをもたらしてくれる。

旅に息づく「Art de vivre」

そしてこの哲学は、旅を通じてより深く実感できる。旅は、感覚や視点を育てるのに絶好の機会だ。

特に私にとって南フランスは、何度訪れても「Art de vivre」の感覚を研ぎ澄ませてくれる場所だ。

以前は旅といえば、名所を効率よく巡ることにこだわり、予定をぎっしり詰め込んでいた。ガイドブックに載る場所を次々とチェックし、すべてを「やりきる」ことが目的になっていた。

でも、南フランスでの旅は、そんな私に「すべてを得る必要はない」と教えてくれた。行きたい場所をひとつかふたつだけ決めたら、あとはその日の気分に身を任せる。

市場で見つけた旬の果物の香りに誘われたり、街角のカフェでただ通りを眺める時間を楽しむ――そんな旅の時間にこそ、「Art de vivre」が宿るのだ。

完璧じゃないからこそ豊か

完璧じゃないからこそ豊かだ。

そんな感覚を教えてくれるのも「Art de vivre」
予定で埋め尽くさなくてもいい。

その隙間にこそ、人生の豊かさが宿るのだから。「Art de vivre」は、日常の中で自分らしさを見つける哲学だと思う。
喜怒哀楽を感じる瞬間に耳を澄ませ、自分が本当に求めているものを知ること――それが豊かな暮らしへの第一歩。
それは、南フランスの旅や家族との時間を通じて、私が学び続けていることでもある。

2024年12月、久しぶりに家族とクリスマスを過ごすため南フランスに旅をする。

フランスでクリスマスを祝うのは、なんと幼少期以来!

あの頃の南フランスのクリスマスは、華やかさだけではなく、家族や大切な友人達がともに過ごす時間そのものの価値を感じさせてくれた。ツリーの下に並べるサントン人形の飾り付けを準備するために森に出かけたあの日々は、特に印象深い。

森の中には、湿った土や苔の香りが漂い、冷たい冬の空気が頬を刺す感覚があった。
大人たちは子どもと一緒に夢中になって素材を集め、泥だらけになりながらも楽しそうだった。その時間には「こなす」ことから生まれる満足ではなく、「ともに楽しむ」ことから生まれる喜びがあった。

家に戻ると、みんなで集めた素材をツリーの下に飾り付ける。

サントン人形をひとつずつ並べながら、「ここはどうかな?」と話し合い、完成を見て笑顔があふれる瞬間――その光景が、ただの行事を超えて「豊かさ」の本質を感じさせてくれた。

今回の南フランスでのクリスマスホリデーも、クリスマス当日以外は何も決まっていない。クリスマスの日には、家族同然の祖母の親友の家を訪れる予定だ。
招かれたときにその声の温かさだけで「ああ、また帰ってきたんだ」と感じる。

それ以外は、計画を決めすぎないようにした。

市場に寄るかもしれないし、海岸沿いを散歩するかもしれないし、あるいはただ家でのんびり過ごすかもしれない。

そうしないと、研ぎ澄ませたい感覚から遠ざかってしまう。

父が教えてくれた、小さな暮らしのヒント「Art de vivre」を思い出しながら、ただ家族や親しい人たちと過ごし、何気ないひとときを楽しもうと思う。

どうか皆さまにも、一緒に過ごす人との喜びと感謝に満ちた素敵なクリスマスが訪れますように。

Writer: Mina Bance

南仏のインテリア雑貨ブランド「MIDI DECO」のプロデューサー。2024年秋のPOP UPにて、Awwと初コラボ商品をプロデュース。
フランス人の父が教えてくれる南仏の魅力をブログにて発信中。

Writer: Mina Bance

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